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思い過ごし
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カタカタ、カタカタ、トゥルルルル、トゥルルル…




今日もオフィスは騒がしい。
サブプライムを端に発した経済危機からはや3年。
俺は東京本社へ転属となった。
メーカーの法務部というのはこれほどまでに忙しいものか、スピード感のある毎日に俺は少し疲れてさえいた。

今日も弁護士と打ち合わせだ。
おっと、もうこんな時間か、ミーティングルームへ行かなくては…






「ガチャ」


「すいません遅くなりました、担当のかしわざきです。」

「どうも初めまして、今回担当させていただく鈴木と申します。」



ずいぶん若い弁護士だ、それに見た目がちゃらちゃらしている。
こんなひとに任せて大丈夫だろうか、一抹の不安を覚える。
しかしまぁ人は見かけにはよらないだろうし、なにより担当を変えている時間などないのだ。




「今回は訴訟資料が膨大ですので助手を連れてきたのですが、同席させていただいてよろしいですか」

「あ、どうぞどうぞ、おかけになってくだ・・・、・・・!?」





俺は自分の目を疑った。
弁護士が連れてきた助手、それは間違いない、えりかだった。
5年前の記憶が蘇る。苦い思い出。
もう過去のことでしかない。




「初めまして、星野と申します、よろしくお願いいたします」



星野?
えりかではないのか?
名刺には星野彩子と書かれている。

単なる他人のそら似か、それとも本人なのか。
しばらくの間当惑しながらも、打ち合わせは進む。
久しぶりの大きな訴訟とあって、話は複雑になった。

打ち合わせが終わると窓の外はもう日も暮れていた。
今日中に終わらせなければならない仕事があと二つ残っている。
コーヒーを飲み干すと俺は足早にデスクへと戻った。





澄んだ冬空に星が綺麗に見える。
オフィスを出るころには助手のことなどほとんど忘れかけていた。
それほど今日は忙しかったのだ。
軽い疲労感を持ちながら俺は会社のエントランスを出る。



「あの・・・すいません。」



女性の声がした
ふりかえるとそこにはえりか、いや、星野がいた。





「びっくりした、どうしたんですか、」

高揚感と少しの喜々をこめて俺は口を開いた。




「突然すみません、あの、今日はいろいろご説明ありがとうございました」

「いえいえ」

「その、お仕事の話ではないんですが、なんというか、とても気になってしまって…」


なんだこの流れは。
この女性はえりかではない。
まぁ今後の仕事の付き合いもある。コーヒーぐらい飲んでいくか。
俺は星野とカフェへ向かった。




昼間はランチで賑わう場所も夜となれば落ち着いた雰囲気になる。
席には外国人客がちらほらいる程度だ。

会話は弾み小一時間がたった。
星野が口を開く。


「かしわざきさんて面白いですねー。」

「そんなことないですよ」

「ううん、それに、一緒にいるとなんだか落ち着きます。なんというか、前からずっと知っていたような…」

「そうですか。(笑)」





「実は、私、以前記憶喪失になったことがあるんです。」

「えっ?」

「交通事故にあって、それ以前の記憶がなくなってしまったんです。」

「いつごろですか?」

「4年前の冬です。」




4年前といえば俺がえりかに思いを告げた翌年だ。
なんだか変な予感がする。




「家族も学校も会社も忘れてしまって。途方にくれてしまったんです。」

「それは大変だったでしょう・・・」

「ところが偶然にも高倉さんという社長さんが私を助けてくださって、いろいろお世話いただいたんです」

「えっ!?高倉、って、あのアイドルプロデュースで有名な!?」

「そうなんです、私はアイドルではないんですけどね(笑)」




「名前も本当は違うんです。今の名前は高倉さんがつけてくださいました。」

「えっ、それじゃあ前の名前は…なんていうんですか?」




「えりかです」





俺は言葉を失った。
星野は名前を口にしながら古い免許証を出した。
そこにはしっかりとえりかの名前が刻まれていた。


やはり彼女はえりかだったのだ。
驚く、とともに、俺の心の中に少しの火がついた。
記憶がない、ということは、俺が告白したことも覚えてはいないはずだ。
なにより彼女は俺と初対面だと思っている。
今の俺ならいける。
地位も金も前に比べれば相当高まった。
そうだ、俺とえりかが付き合っていたことにしてしまえばいいんだ。
もう一度付き合おう、そうしてしまえばいいんだ。
この状況を利用しない手は無い。

そんな野望が胸のうちに高まっていった。




えりかが口を開いた。


「この話をするとよく変な話をする人がいるんですよ」

「えっ?」

「俺はお前に金を貸していたんだ、とか、していない約束を持ちかけて騙そうとする人がいるんです」

「ほ、ほんとに。・・・。」

「かしわざきさんは信頼できる人だと思ったので話しちゃいました(笑)」

「…。」





俺は恥ずかしくなった。
そうだ、この女性はもうえりかではないのだ。
騙すようなことまでして、一体何のためになろうか。
全てを忘れよう、そう思った。







星野とわかれ、ひとり家路へ急ぐ。
ひどい自己嫌悪と戦いながら、明日の仕事の予定を考え始めていた。
明日も朝は早い。









翌日の昼休み。
同期のかずしげが近寄ってきた。

「かっしー、合コンの予定が入ったんだけど、くる?」

かずしげは常に合コンを開いている。
いっけんちゃらちゃらとした印象だが、その人脈ネットワークは計り知れないものがあり、事実、営業部門ではトップの成績を出している。

「今回はすごいよ、YATABEの一般職!やっととりつけたんだから!」


YATABEといえば女性社員は100%顔採用といわれている有名企業だ。
元々は輸送機器向けのエンジン部品を扱っていたが、創業者が相当なIQの持ち主であり、現在では男性用下着で世界シェアNO.1を誇る企業である。

俺は二つ返事でOKした。






合コン当日。

予想を上回るレベルの相手に男性陣は喜々とした。
会話も弾み、相手側もこちらに興味をもっているようだ。
店に入ってから小一時間がたった。
酒も入りテンションの上がった俺はアドレスをゲットしようと携帯の準備をしていた。

そのときである。


「一万年前と二千年前から愛してる~!!」


メールの着信だ。
誰からだろう。

気になった俺はメールボックスを開いた。




「こんばんは、突然すみません、会社の前に来ちゃいました…。今夜会えませんか?」




星野からだった。

なぜだろうか、急に酔いがさめてしまった。
目の前のYATABEの受付嬢などどうでもよくなった。
しかし胸の鼓動は収まってはいない。


今すぐ、この場を発ちたい、会社の前まで行きたい、
そう思ったときには俺はすでに店を出ていた。


店から会社までは一本道。
タクシーを使えば20分もかからないであろう。
しかし時間は金曜の午後8時、車道はぴくりとも動かない。


店にマフラーを忘れてきたこともかまわず、俺は走り出した。



走るリズムが、高鳴る鼓動に追いつかなかった。







つづく・・・



(このお話はフィクションです)
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by yateve | 2009-01-15 18:30 | キャンパスライフ
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